1990年代前半、日本のサッカー界に画期的な出来事がありました。世の中では、バブル崩壊に伴う、日本経済低迷が叫ばれ始めていましたが、サッカー界のイベントが、そんな世の中を払拭した感がありました。日本サッカーは、1960年代のメキシコオリンピック銅メダルを獲得し、その頃から、日本リーグのプロ化を探り続けていました。降って湧き、湧いては消えることを繰り返し、とうとう1990年代前半に、Jリーグ創設へと辿りつきました。
当初は、10チームでスタートし、2ステージ制のリーグ戦で、12月に年間王者戦を行うようになっていました。それまで、日本におけるサッカーは、太平洋戦争前から歴史があるとは言え、メジャースポーツとは言えませんでした。けれども、Jリーグが始まり、サッカーブームが日本中を席巻しました。各地方公共団体とも、Jリーグに参加するチームを模索し、札幌市も、その中に含まれています。そうして、1990年代半ばに、Jリーグの下部組織であるJFLに加盟し、将来のJリーグ入りを目指すことになりました。念願がかない、その2年後に、Jリーグの正会員となり、北海道発のプロサッカーチームであるコンサドーレ札幌が、誕生しました。元々の下地は、東芝引きいていたチームであり、日本リーグにも所属していました。いわば、札幌にも、サッカーの伝統が、太平洋戦争前から引き継がれていたと言えます。しかし、コンサドーレ札幌は、Jリーグの中で、浮き沈みを経験しています。Jリーグは、2部リーグ制を取り、J1が1部リーグとして認知されています。
コンサドーレ札幌は、21世紀当初に、J1に参加し、その後、J2に降格後、再びJ1に昇格しました。けれども、種々の問題から再びJ2に降格し、再度J1に上がっても、三度、J2に降格してしまい、現在に至っています。
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